企業や組織における管理体制が問われるものにもいろいろあるが、
物品や人事という形あるもののみならず、
形があるよでないからこそその保守管理がなかなか微妙で、
近年とみに貴重とされているのが “情報”である。
運用と保守管理には、
ある意味コンプライアンスに通じる 公正であることという透明性が求められつつも、
その内容は秘密厳守が鉄則で。
とはいえ、昨今にはそれが当たり前な電網連結社会、
加えてデータをデジタル保存するというペーパーレス時代、
どれほどの鍵を掛けようと、覗き見や掠め取りは避けられず。
旧態然とした証書の取り交わしがいっそ確実と思われてもしょうがなく。
「お先、行かせてもらうぜっ。」
ああああ、
お話の枕を蹴飛ばしていくなんて、中也さんたら何て乱暴なっ。
「まま、毎回毎回ちょっとくどいなぁと思ってなかったとは言えませんし。」
あああ、ひどいっ。
太宰さんまでそんな無慈悲なことを言うぅぅぅ…っ。
………まあ、しょむない前口上は 今回特に本筋に関係ないので、
このくらいにするとして。(おいおい)
此処はというと、所有者不明なままに放置されて久しい
ただただがらんとした寒々しい空間の広がる古い倉庫の中であり。
ほぼ廃棄物件扱いなせいだろう、
煤けた木箱が幾つか壁沿いにまばらに積まれてはいるが、中身はゴミ同然のガラクタに違いなく。
天井やそれへ添う足場もところどころが錆び落ちていて危険極まりなく、
荷の移動に使われたそれか、クレーンの鉤が下がった鎖が、
久々の空気の対流に かすかにきいきいと揺れている。
廃屋に付きものな、迷い込んだ誰ぞが持ち込んだそれか、
菓子パンの空き袋だのペットボトルだのが
床にうっすら積もる砂をかぶってカサコソと転がっているような寂れよう。
天井の穴と言っても そもそもは堅牢な作りだったかさほど多くはなく、なので屋内は薄暗い。
胡乱な輩が勝手に潜り込んで潜むには打ってつけで、
捜査の依頼があった事案への探索にと、
ここを訪れていた武装探偵社の太宰と今回の相棒の敦の二人が、
人の気配はないようだがと壁越しに耳を澄ましてから、
そちらも錆びついていた大きな鉄の扉をそろそろと押し開き、
錆びとカビだろう生臭い空気が淀む中へ一歩踏み出したその途端。
彼らの頭上を余裕で飛び越して、一陣の風が二人を追い越すように先んじて中へと吹き入って。
「な…、中也さん? 芥川も?」
背後からの急な接近の気配にぞわっと背条が総毛立ち、
そのままあっという間に頭の上を飛び越してった何者かへと、
遅ればせながら動体視力の良い敦が虎の目で追ってぎょっとする。
薄暗がりの中、あっという間に奥へと距離を開いたは、
黒づくめでも見間違いはしない、
ようよう見慣れたポートマフィアの武闘派幹部二人であったからで。
片やは重力を重さでも方向でも意のままに操れる異能力者で、
もう片やはまとった外套を黒獣に変化させ、鋭い牙や刃としてやはり自在に操れるという、
どちらもその身を疾風のよに軽々と運べるその上、
ポートマフィアで1,2を争う火力を誇る、単独でも十分恐ろしい男衆。
わざわざ掛けられた“お先に”という声掛けは
こちらが誰だかとうに判っていてのそれだとすると、
「ありゃまあ、これは標的がかぶってたみたいだねぇ。」
こちらは今日の午前に請け負った、
ちょいと見境のない動きで依頼者を翻弄していた情報屋の捕縛を構えており。
単独でという身軽さを生かし、企業や組織の内部情報を集めては、
敵対する組織や企業へご注進と売りつけに走る、フリーランサーの情報屋さん。
結構際どいネタを持ってくるのはありがたいが、
二股膏薬よろしく、
同じようにこちらの機密も何らかの手で持ち出してないかと不安になったらしい、
そこは自力更生で保守したらいいのにと
そういう業界には全くの素人な敦くんでも“あれれぇ?”と首を傾げた、
ある意味 虫がいいというか、ちょいと情けないかも知れぬよなクライアントさんから、
音信不通となった彼をとりあえず捕まえて来てほしいと頼まれた。
新規事業にかかわる計画の進捗や何やと、提携相手の社名はまだ公開されては困るのだそうで。
「多岐にわたって暗躍している情報屋さんみたいだしねぇ。」
様々な名や肩書を使い分け、一般企業や個人店舗から怪しい組織へまでと、
その活動の範囲は様々な業種を網羅しており。
よって、あのヨコハマの夜を支配するポートマフィアの鼻先や足元、
その向こう見ずな跳梁が掠めることもあったのかも知れぬ。
裏社会で手広くあれこれ網を張っていたのなら、観てはならないものを見たということもあるやもで、
「まさか、口封じとかでしょうか。」
敵対組織や裏切り者を、
打ち据えるだけにとどまらず、鏖殺という形で粛正するのも仕事の一環としているのが
彼ら“武闘派”だというのは、敦とて重々知ってはいる。
それどころか、同等の殺意をまとった相手と一戦交えた経験も多々あって、
油断をしたり、つまらぬ情けを掛けたれば、
そのまま付け込まれて無慈悲にも殺されるよな、
そういう殺伐とした道理がまかり通る世界に生きる彼らなのだと肌身で知ってもいて。
強靱冷徹な意志の下、許されざる罪へ処される、いわば死刑執行のようなものだと、
何とかそんな解釈を持って来て、飲み込むようにしているとはいえど、
目の前での殺人はやはり放っておくわけにもいかなくて。
「う〜ん、そうまでされるよな 厄介で巧みな相手じゃないけどね。」
とんでもないレベルでの情報の強奪なんてことが為せるような男じゃないと、
太宰としてはしっかと裏がとれてるからこその余裕を見せており。
ただ、
「それよかあの二人、彼奴の異能を知ってるのかなぁ?」
異能を使っての逃げ足の早さでもって、
情報屋として活躍出来ているよな相手なのにねぇと、
いささか暢気な物言いをする先輩さんへ、何だか嫌な予感がしてきた虎の子くん。
「太宰さん?」
そんな、あのその異能とかいうの、ボクも聞いてませんでしたけどと、
何でだろうか、殺気とか殺意とは全く別方向、別な次元の、
でもでも看過は出来ない、物凄く嫌な予感しかしなくなって。
とはいえ、こんなところで立ち尽くして居ても始まらぬ。
追い抜いてった彼らが翔って行った倉庫の奥向きへ、こちらもそろそろとその身を運んでゆけば、
「…っ、放せよっ、
俺はまだ捕まるわけにゃあ行かねぇんだ。」
がたたゴトゴトと、何か崩れた物音にかぶさり、
ところどころでたわみながらという男の怒声が聞こえてくる。
「こっちも はいそうですかと逃がすわけにゃあ行かねぇ。
とっとと昨夜盗んでったメモリを出しやがれ。」
「ぐあっ。」
相手は一人だろうにいやにドタバタ暴れておいで。
あの、中也と芥川という最強火力を揃えての強襲だというに、
手古摺っているとは意外だなぁと、率直に不審に思った敦の傍ら、
「そうか、一応は相手の異能を知ってるようだね。」
ものがものだけに いち早く収拾させたいのに加え、
出来れば触れずにとっ捕まえたいからという布陣らしいと、
感心したよに見解を述べた美丈夫さんの声にかぶさり、
「放せよっ!」
死に物狂いの抵抗が、身に不相応な力の放出を招いたか、
積まれた木箱や錆びたドラム缶などなどが、そちらからの目映い光を受けて濃い影をまとい、
駈け寄りかかっていたこちらの二人の視野をも射る。
「これって…。」
途轍もない威力の異能を放つ折、その身から発する光かと思われ。
それをまともに浴びたのだろう、
聞き覚えのある声での あっという驚きの声音も届いたものだから。
至近じゃああるが積まれたあれこれに遮られ、
あとちょっとという角の向こう、微妙に死角で様相が見えぬ位置に居た探偵社組の二人が
これは不味いなと足早に駆け付けたところ。
「な、何なんだよ、お前らっ。」
日頃の段取りならそれでやすやすと逃げを打てる筈が、
そこはマフィアの幹部格です、そう簡単にあしらわれてたまりますかと、
異能の効果を浴びてもなお、しっかと抑え込む追手二人の態勢は揺らがず。
そんな不自由さへ勘弁してくれと泣き言漏らす、
貧相な体躯の作業着姿の男を容赦なく押さえつけていたのは、
「…中也さん、と、芥川?」
さっきほんの一瞬という格好でながらも見たはずの姿を思い出しつつも、
虎の少年が一応はと確認取ってしまったほどに、
ちょっと待ってよと感じたほど印象が変わりに変わっていた彼らであり。
まだ20代という若さでありながらそれは頼もしき貫禄と威容もて、
裏社会にその名を轟かす、ポートマフィアの五大幹部、中原中也さんと、
ようようしなう鞭のような痩躯ながらも、
研ぎ澄まされた刃のごとくに凛々しい漆黒の覇者、芥川龍之介さん、
の面影も濃い、
寸の足らない四肢と、丸みの強いそりゃああどけなくも愛らしい顔容をした、
5歳になるかならぬかほどの、ちみちゃい幼児二人であったのだ。
to be continued. (17.11.15.〜)
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*よくある異能、その3(その4かな?)、でございます。
幼児化、若返りはそのまま “よくある異能につき”で敦くんが浴びてますが、
他の面子でも見たくなりましてvv
ああでも、太宰さんは、
前話のアレのような特例でもない限りは見られないんだなぁ。残念。

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